昭和の時計とソ連の時計

古い時計のあれこれ

セイコー ゼンマイ式 旅行用目覚まし時計

SEIKO トラベルクロック

公開日:2019/03/25    最終更新日:2020/01/08  

f:id:raketa:20200107131716j:plain

お気に入りの時計を1つご紹介。セイコーのゼンマイ式、旅行用目覚まし時計(トラベルクロック)で、昭和の中頃の製品とは思いますが、発売日や型番、定価などは分かりません。外見は少々くたびれてはいますが、機械はオーバーホールしましたので調子は良いです。精度は激しい温度変化が無ければ、おおよそ日差 ±30秒です。

 

文字板には 「DIAFIX 8 JEWELS」と書かれており、"8 JEWELS" は、8石の意味で、テンプ(穴石と受け石)、ガンギ車、四番車のそれぞれに石が使われています。この手の時計では 2石(テンプの穴石だけ)が多い事を考えると、高級品だったのかもしれません。

f:id:raketa:20200107131747j:plain

文字板の拡大。どうだと言わんばかりに "8" の字が大きい。

 

ちょっと寄り道

f:id:raketa:20200107131816j:plain

昭和37年の服部時計店のカタログに、同様の旅行用目覚時計が載っていますが、2石が多く、4石に至っては「高級旅行用目覚時計」と呼ばれています。やはり 8石だと、相当な高級品だったのでしょう。カタログ価格では、4石のモデル(写真)が3,300円で、トランジスタやゼンマイ式の掛け時計は、4,000~5,000円となっています。
当時の大卒初任給(公務員)が1万5000円*1ほどなので、新生活で両方を揃えれば、給料の半分が消えてしまいます。時計は今ほど、お手軽な物では無かったのかもしれません。

 
 

ちょっと寄り道 その2

f:id:raketa:20200107131844j:plain

寄り道ついでに。このラジオは、これまた同年代の物で、ナショナル製のトランジスタラジオ T-46 です。当時の最新トランジスタを使った小型の高性能ラジオで、その価格は驚きの11,200円。*2。大卒公務員の初任給では、おいそれとは買えない値段です。今や千円も出せば買えてしまいますが、当時は掛け時計やラジオを月賦で揃える時代だったのでしょう。
 
 

f:id:raketa:20200107131912j:plain

「DIAFIX 8 JEWELS」の "DIAFIX(ダイヤフィックス)"は、保油装置です。
穴石の上に伏せ石を被せる事で、油分がホゾ穴の周囲に留まって安定した潤滑を保持する機構で、腕時計ではお馴染みですが、目覚まし時計では、あまり見かけないと思います。

  

f:id:raketa:20200107152457j:plain

時計の裏側です。

(1)ベル用ボタン。引っ張り出してセット、押し込んでストップ。
(2)緩急ネジ。時計回りで進み、反時計回りで遅れます。
(3)時間合わせのツマミ(針回し)。
(4)ゼンマイの巻きカギ。逆に回すと巻きカギが取り外せます。
(5)曜日の送りレバー。
(6)日付の送りレバー。

 ベルが鳴る時刻は、写真では見えませんが右側にあるダイヤルを回して合わせます。

 

f:id:raketa:20200107131937j:plain

日車(カレンダーディスク)は、周囲6箇所のガイドで保持されています。
取り外しは、下側のガイド3本が固定されていますので、ネジになっている上の3本(赤丸)を取り外して行います。

しかし、注意が必要で、この3本は逆ネジです。
写真の通り、日車は時計回りに動き、それと接触するガイドはそれぞれ、反時計回りの力が加わります。もし赤丸のネジが正ネジなら緩む方向になります。とは言えども、この日車が高速回転するとか、ガイドと強く当たっているとかなら未だしも、1日1回、10度ほど動くだけなのですが、それでも見えない工夫がされています。

 

f:id:raketa:20200108104740j:plain

分解中の写真で輪列がよく分かります。
奥から(1)一番車(香箱車)、(2)二番車、(3)三番車、(4)四番車、(5)ガンギ車、(6)アンクルです。右端の(7)ヘチマみたいなのがベル(機械カバーと兼用)を鳴らすハンマーです。ベルは振動する必要が有るため、本体と密着せずに、2mm ほどの隙間が有り、どうしてもそこから*3、埃等が入ってしまいます。
 

f:id:raketa:20200107132027j:plain
香箱は一見、腕時計と同じで上が角穴車、下が一番車(香箱車)に見えますが、ゼンマイの巻き上げは、掛け時計などと同じで一番真(一番車の軸)を直接回して行うため、角穴車は不要で、これはベルを鳴らす動力用の歯車です。

上の写真の青矢印が一番真で、ネジの部分に巻きカギが付き、ゼンマイを巻き上げて動力を蓄えます。 その動力で、黄矢印の一番車(香箱車)が二番車を介して輪列を駆動させ、赤矢印の歯車が、ベルを打つハンマーへ動力を伝えます。またベルが鳴り続け、ゼンマイの動力を使い切らないように、一定時間鳴ると、一番真と連動した変形歯車(正式名称が分かりません)により、自動で停止します。

 

f:id:raketa:20200107132108j:plain

一番真には、真鍮製の歯車が固定されており(黄矢印)、この歯車と噛み合った変形歯車とのセットで、一番真の回転(ゼンマイの動力)を制御しています。上の写真は、一番真の歯車がゼンマイを巻き上げる方向(時計回り)にフリーな状態です。一番真を時計回りに回しても、制御用の変形歯車には次に噛み合う歯が無い(赤矢印ので、何の制限も受けずにゼンマイの巻き上げが出来ます。変形歯車に飛び出した部分がありますが、これは、一番真の歯車と噛み合いが完全に外れない様に、横に伸びた板バネとで制限を掛けています。

そして上の写真の状態が、ベルの自動停止機構のスタート位置になります。ベルをセットした時刻になるとストッパーが外れ、一番真は反時計回りに回りながら、ベルのハンマーへ動力を供給します。それと同時に、噛み合った変形歯車と共に回りますが、青矢印の箇所には歯が無い(正確には歯の溝が無い)為、そこで停止してベルも止まります。それが下の写真の状態です。

f:id:raketa:20200107132209j:plain

ベルが鳴っていたのは、一番真の歯車が、変形歯車の歯を12枚送ってる間で、ゼンマイの状態にもよりますが、おおよそ25~30秒です。
歯を倍の24枚にすれば、1分は鳴らせる計算ですが、ゼンマイの解けた状態で多くの動力をベルに取られると、時計の精度に支障をきたす場合もあります。個人的にはもう少し鳴って欲しい気もしますが、1つのゼンマイで時計とベルの両方を駆動せるこの時計では、30秒は妥当なのかもしれません。

 

f:id:raketa:20200107132237j:plain

ゼンマイと香箱。香箱フタと一体になった香箱真*4には、一番真の通る穴が開いています。見慣れた腕時計の香箱とは、また違った構造になっています。掛け時計の様にゼンマイが2個の目覚まし時計もあります。

 

f:id:raketa:20200107131645j:plain

オーバーホールで部品が集合

 

洗浄(文字板、針、日車、プラ風防は除きます)後の部品たち。
目覚まし時計は、部品が大きく点数も少ないので、時計修理の練習には丁度良いと思っています。現在でも比較的容易に入手できる、30日巻きのゼンマイ式掛け時計の方が、構造も簡単で、部品も大きく、良い事づくめに思えますが、ゼンマイが強力なので、扱いを間違うと大怪我をします。
その点を考えると、ゼンマイの弱い8日巻きくらいの掛け時計がベストかもしれませんが、今度は目覚まし時計などに比べ、圧倒的に数が少ない事がネックになります。

 

小さくて地味な、昭和の旅行用目覚まし時計ですが、機会があれば、ぜひ中を覗いてみて下さい。その中には腕時計や掛け時計とは、また違った知恵や工夫が詰まっています。それらに触れるのも、また時計の楽しみ方の一つだと思っています。

 



[更新日と内容]

2019/03/25  公開
2020/01/07  写真のサイズを変更。時計の裏側の説明などを修正。
2020/01/08  トップの写真を変更。輪列の写真と説明を変更。

トップへ戻る

 

*1:人事院の「国家公務員の初任給の変遷」に詳しい情報があります。

*2:検索したら、色々な方が画像やテキストを上げていらっしゃいます。ありがとうございます。その中のカタログ画像には、「ねらった短波はにがさないファイン・コントロール付 8石2バンド ファイン・エイト T-46 (皮ケース・イヤホーン・電池付)現金正価 11,200円」 とあります。

*3:カレンダー付きでは、操作レバーにも大きな隙間があります。

*4:一番真が分割されている、この手の時計での呼び名が分かりません。