昭和の時計とソ連の時計

古い時計のあれこれ

セイコー 振子式トランジスタ時計 2

取り外しには細心の注意を

公開日:2019/03/04    最終更新日:2020/10/04    

セイコー 振子式トランジスタ時計

前回の記事は、書籍や雑誌の紹介で、少々長くなってしまったので、改めてセイコー"Transistor Clock" について、あれこれと書いていきます。

 

セイコー 振子式トランジスタ時計 分解中

ケースの清掃、ムーブメントのオーバーホールの為に分解中。


分解で一番注意が必要なのが、「振りペラ」(または単に「ペラ」)と呼ばれる振り子を吊っている薄い金属板で、極めて薄いので簡単に変形します。振竿と振りペラを固定しているペラクサビ(円錐状の小さなピン)を抜いて、振り子を取り外しますが、必ず振り子を固定(*1)した上で、下の写真のような工具を使い、押し抜いて下さい。

(*1) 振り子を機械側へ押し付けると、振り子の根元に付いた羽の様な板(度定板)が、機械の溝に嵌り、振り子が捻れないようになります。ケースに入った状態では固定ネジ(録見ネジ)が使えますが、分解時は何らかの工夫が必要です。

 

先を加工 ヤットコ

先を加工されたヤットコ。ペラくさびを縦に挟んだ時に、くさびの頭が抜ける溝が作ってあります。


セイコーの振子式トランジスタ時計では、ペラが2枚構成になっており、しかも分解が出来ないため、一旦変形させてしまうと修正が困難になります。そして、この変形が時計の精度に致命的な影響を及ぼします。
また、分解だけでなく時計をほんの少し移動させる場合でも、必ず振り子の固定ネジを使用して下さい。 

 

ちょっと寄り道 1

Google 検索 振りペラ

 

「振りペラ」をGoogleで検索すると、何故か「振りベラ」と表示される。
「振りペラ」じゃないの?まあ、遠目には同じなので、どっちでも良いじゃん、と言われるとそれまでですが、「基礎時計読本」*1 に載っている日本工業規格(JIS)の「時計部品名称 7010-1954」では「振サオペラ」と成っています。

また、精工舎の販売店向けの資料(1964年)でも「ペラ」と書かれており、正式には「ペラ」だと思いますが、Googleの検索結果は「ベラ」が主流。昭和22年の時計技術書の「時計 / 青木保 著」では、「ツリバネ」と書かれていましたが、これはJISの規格より古い時代の本だからでしょう。そして、「わかりやすい 最新時計学」(昭和43年)*2に、こんな事が書かれていました。


この本のなかで使う時計用語は、日本工業規格(JIS)の時計標準用語にしたがったもので、ふつう時計屋さんがつかっている言葉とちがうものもあります。

まあ、日本工業規格が統一に奔走していたとは思いますが、寸にインチにミリと、時計に関わる単位でも、これだけ有った*3昭和ですから、名前の「ペ」と「べ」くらい可愛い物で、結局、どっちでも良いじゃん、みたいです。

 

 

 

トランジスタの事情

 

トランジスタ時計 回路基板

この時計の心臓部です。(でも部品は3個だけ)

足が3本生えた、黒い円盤みたいなのがトランジスタです。現在広く普及しているシリコントランジスタと違い、古いゲルマニウムトランジスタが使われています。ここでは、日本電気の低周波増幅用 2SB98 が載っています。国内での生産が終了して久しいゲルマニウムトランジスタですが、相当数生産されていたのか、最近までトランジスタ時計に使える定番的なパーツは、容易に、しかも安く入手出来ていました。それが、近年は徐々に難しくなって来ています。

しかしラジオなどの狭いスペースに押し込められて、熱的に厳しい環境で毎日数百Hzで、こき使われて来たのなら未だしも、ここまで「ゆったり」した空間で、1秒に1回のスイッチングという、「まったり」した動作では、そうそう壊れそうに無い気もします。

そうは言っても 2SB98 が去年は100円程度だったのが、今や300円と高騰していますので、今後の事を考えて、少し手元の残して置く方がベストかもしれません。オリジナルのトランジスタが無くても、互換品がまだ残っている場合もありまますので、型番をCQ出版社の「最新トランジスタ互換表」の古い物*4や、Webなどで調べ、在庫を探すのも手かもしれません。

また互換品まで無い場合でも、時計は単純な回路ですので、小電力用のゲルマニウムトランジスタなら、ある程度は使えると思います。ただし、入手が容易な、2SC1815等のシリコントランジスタは、そのまま入れ替えは出来ませんのでご注意下さい。 

 

ちょっと寄り道 2

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昭和37年のSEIKOのカタログに、秒針付きのトランジスタ時計が載っていました。
これは "NT" の型番が付いているので、今回の時計よりも新しいモデルだと思います。この他にもソノーラが載っていますが、価格はソノーラの方が少し高くて、5,000円台です。当時はコーヒーが60円、ラーメンが50円、理髪料金が160円というのをWeb上で見かけました。単純に10倍は出来ませんが、どちらにしても時計は高価な品だったようです。
 

 

 

ムーブメント

 

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機械の表と機械の裏。表面が汚れています。
裏側では、2本の黒い足の間に振りペラ(薄く狭い2枚の金属片)が見えます。

 

トランジスタ時計 ムーブメント 研磨

ピカールで正に、ピカピカになった部品。
ここまでする必要は無いのですが、部品の数も少なく、ついつい…。しかし直ぐに酸化して、くすんで来ます。

 

トランジスタ時計 ムーブメント 組立て完了


組立て(分解も)工程の写真が、残念ながら有りません。
しかし、この時計はソノーラなどの打方(時報)が付いたモデルに比べ、構造が超が付くほど簡単です。その上、歯車には1秒に1回、振り子が歯を1枚送る力と、針の重みしか掛かっていませんので、ゼンマイ式のように絶えず輪列に力が掛かった物に比べ、ほとんどの場合、ホゾやホゾ穴の修正は不要で、修理は簡単です。

 

トランジスタ時計 ムーブメント マウントに取り付けトランジスタ時計 ムーブメント マウントに取り付け

ついでにマウントも磨いて、組み付け。後はケースに組み込むだけ。


左の写真の右上に、チラッと写っているのはドイツ製のキンレツ(KIENZLE)の機械の一部で、電磁石と香箱です。これも特異な機構で、面白いです。数分ごとに電磁石がゼンマイを巻き上げる「バチン!」という音が特徴です。国内では技術提携していたセイコーが「ポラリス」のブランド名で発売していました。ゼンマイ式からクオーツ式への過渡期に生まれた、様々な時計の一つです。

今や腕時計以外はクォーツ一辺倒ですが、この頃は手巻きからの脱却へ、各社が独創的なアイデアで、次々と新しい時計を作り出した、良い時代でした。しかし、今は全て消えてしまって残念です。

 

 

取扱いと精度

 

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写真2枚目と比べると、ケースの外側が黒から内側と同じ色に変わっていますが、色を塗った訳ではなく、水拭きした結果です。「どんだけ汚れてたんだよ」と驚きましたが、それ以上に水拭きでここまで綺麗になって驚きました。この時計、今まで何処で働いていたのか?

 

セイコー 振子式トランジスタ時計 テスト中

機械を組み込んで、分針だけ付けてテスト中。(少し斜めだけど…)

現在は冷暖房を入れた温度変化の少ない部屋で、日差 ±4秒程度で安定しています。しかし、この精度はしつこいくらい(一日に何度も)微調整し、今現在の室温と振り子の長さをピッタリに合わせたもので、もし室温に変化があれば、その程度により簡単に数秒〜数十秒単位で変動します。ですので、一般家庭で使う場合(調整は季節の変わり目くらい)だと、日差にして ±10〜15秒程度が限界かもしれません。
しかし、一年を通して室温が安定している企業のサーバールームなどに設置すれば、相当な精度が出ると思います。(電磁波の影響は分かりませんが‥) 

前の記事で書いた「暮しの手帖」のテストで、この時計(同モデル)の精度が載っていました。記事では正確を期するため、同じモデル 2台(A,B)を、26週(6ヵ月)計測しています。その結果、1週間あたりの進み遅れ(26週の平均)が、

   購入状態 1回の調整後
A -148秒/週 -73秒/週
B  +54秒/週 -56秒/週

と成っています。
日差に直すと、調整後で A が、-10.4秒/日、B が、-8.0秒/日となります。
現在の精度が、±4秒/日なので、振り幅は、8秒/日(56秒/週)となり、当時と同程度で良好に見えますが、テストでは1回だけの調整、しかも、現在のエアコンを使った温度変化の少ない環境を考えると、振り幅で2秒/日 以下に、追い込まないと駄目だろうと思いますが、難しいです。

実はこの時計、振子が未固定のまま運搬され、振りペラが捻れています。
修正も試みましたが 完全には治らず、コイルに対し振子が少し斜めに出入りしています。コイル自体を傾けたりして、ある程度は修正はしましたが、この辺が精度を追い込めない原因の一つだと思います。振りペラの変形は正に致命傷になります。

正常な振りペラが入手出来たら再度、精度に挑戦したいと思っています。

 

 

 

 

 

 

[更新日と内容]

2019.03.04  公開
2020.02.06 「セイコー振子式トランジスタ時計 1」へのリンクを追加。
2020.10.04  一般家庭で使う場合の精度について加筆。

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*1:「基礎時計読本 新装改訂増補版」 / 小林敏夫 著 / ラ・テール出版局より重版されています。

*2:「わかりやすい 最新時計学」 著者:国友秀夫 佐藤政弘 / 誠文堂新光社

*3:「精工舎 目覚まし時計 コロナ1」の "ちょっと寄り道" をご覧ください。

*4:新しい版には載っていません。私の持っている1976年版には載っていました。