昭和の時計とソ連の時計

古い時計のあれこれ

ソ連邦の電池たち

 

 СССРなボタン電池

公開日:2020/08/15    最終更新日:2023/01/31  

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旧ソ連時代のクォーツ式腕時計を修理していると、中から30年以上前のソ連製のボタン電池が出てくる事があります。既に消滅したソビエト社会主義共和国連邦(Союз Советских Социалистических Республик)の頭文字、СССР*1 が刻まれた物です。ただ、写真のように電池の規格だけが刻印された物も有り、年代によるものなのかコストダウンなのか、その他の理由*2なのかは不明です。

 

キリル文字の СССР 以外にもソビエト連邦を表すものが幾つかあります。ラテン文字表記の SSSR(Soyuz Sovetskikh Sotsialisticheskikh Respublik)や英語に直した USSR(Union of Soviet Socialist Republics)。また日本語での呼び名も「ソビエト」以外に、「ソヴィエト」や「ソヴェト」、「ソヴェート」などが古くから使われており、昔の資料を探す際の重要な検索キーワードにもなります。 


ラテン文字もキリル文字も同じに見える物がありますので、キリル文字は太文字
にしています。(ラテン文字の「CCCP」とキリル文字の「СССР」、見た目同じですが文字コードが違うのでググると検索結果も違います。分かり安い画像検索でお試しあれ。)

 

目次

 

 電池の文字たち

下の写真はモスクワ第2時計工場 Слава(SLAVA / スラバ)製クォーツ式腕時計のムーブメント 2356で、中央の丸いのが電池です*3。国内で流通しているボタン電池は表面が光って綺麗ですが、こちらは素っ気ない見てくれです。しかし、この雑い感じが如何にもソ連ぽくて私は好きです。

 

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ボタン電池には製造国の「СССР」以外に「СЦ0,03」という刻印が見えます。最初の「СЦ」(キリル文字)は「серебр-цинк」の頭文字で銀亜鉛(電池)の事で英語では「Silver Oxide」、日本では酸化銀(電池)として知られています。続く「0,03」は、ソ連(ロシア)では少数点がカンマなので日本での「0.03」と同じ。単位はAh(アンペアアワー)で、これは電池の容量を示します。1.00Ah は 1,000mAh となりますので、この場合は電池容量が 30mAh です。サイズは直径が 9.5mm、厚みが 2.05mm で、IEC規格の「SR69」に該当します。


流石に国内の互換表では「СЦ0,03」などは見当たりませんが、ロシアのサイトには「1.55V SR920/370/371/СЦ0,03/59 」などと載っており、ソ連時代の表記は今も生きているみたいです(下記に追加情報あり)。互換品のSR920 は、家電量販店などで普通に売ってます。また、トップ写真の左奥の大きな「СЦ0,12」の電池も同じく SR43 という互換品があります。

  

ちょっと寄り道 ソ連の標準規格

ボタン電池の刻印「СЦ0,03」はソ連の国家標準規格(日本のJISみたいなもの)ГОСТГосударственный стандарт)で規定されています。ラテン文字では、GOST。この標準規格は、ソ連崩壊後もロシア*4と、バルト三国、ウクライナを除く旧ソ連を構成した国々*5で引き続き使われています。

ロシア語版の電池カタログを眺めていて「ГОСТ」に気付きました。 JIS(日本産業規格)や IEC(国際電気標準会議)に並んでキリル文字の見知らぬ規格が有ったので、調べてみたらこいつが「СЦ0,03」の親玉でした。しかし同じサイズでも「СЦ0,03」の他に「СЦ-59」なる物もあって、調べは続きます。

 

(追記 2020-08-16) 

 

 ソ連のクォーツ時計

f:id:raketa:20200813135334j:plain写真は全てソ連時代のクォーツ式腕時計

手前の3個には Слава 2356 、奥の回転式ベゼルのモデルには Слава 3056A のムーブメントが搭載され、電池は大型の「СЦ0,12」が使われています。これらは共に Слава ブランドで販売されていました。右奥の  Луч (Luch / ルーチ)には、L2356 と刻印されたムーブメントが使われていますが、Слава 2356 と同じ物だと思います。

 

互換電池 SR920 や SR43 は、一般に流通していますので電池交換は容易ですが、 Слава など古い時計では電池切れのまま長く放置されているケースも多く、液漏が発生している場合は、修理(清掃)やオーバーホールが必要となります。ただ見ての通り(写真下)、Слава 2356 の場合は電池スペースと回路が離れているので、液漏れでパターンが腐食し修理不能という酷い物は少ないです。*6 逆に、Слава 3056A のムーブメントは回路基板が電池の脇まで来ていますので、液漏れによる損傷は多いで注意が必要です。


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因みに写真のムーブメントの電池の右、縦長で銀色のカバー内はパルスモーターの駆動コイルが有り、その下の足が2本生えた斜めの筒が水晶振動子です。その左の黒で中心に四角形が見えるのが集積回路で、更に左の丸い銀色は緩急調整用のトリマーコンデンサーになります。そして、中央の金色のプレートの下にパルスローターと輪列が収められています。

 

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これがそのパルスローターと輪列。横長の銀色が駆動コイルのカバーで、左の丸い穴は電池のスペースです。右上には水晶振動子の入る長細いスペースも開いています。Слава 2356 の地板は大柄な部品を何個も内蔵する為に機械式に比べ穴ぼこだらけです。

 

 

ちょっと寄り道 昭和の電池たち 

f:id:raketa:20200811160633j:plainこちらは逆に昭和の乾電池


昭和時代の未使用の時計を仕入れると大抵の場合、こんな電池が付属しています。今から30年〜50年も前の物ながら、酷く液漏れした物は無く、ほとんどが見た目は無傷です。電圧も開放での測定ですが、1.0V前後あります。まあ、当然使えませんが、この古さで液漏れもせず電圧まで残っているので、古い時計と同じく何か生きてる気がして粗末には扱えません。以前に時計を粗末に扱って怖い目に‥。それはまた別の機会に。

 

 

 

 ソ連って本当は凄いんです‥たぶん。

1961 год первый человек в космосе Юрий Гагарин  ガガーリンの打ち上げ

 

ソビエト連邦は、かつて西側と世界を二分していた社会主義の超大国。イギリスのチャーチルが「鉄のカーテン」と揶揄したその秘密のベールの内側から1957年、人類初の人工衛星スプートニク1号が打ち上げられると、西側諸国に激震が走り「スプートニク・ショック」が世界を席巻した。そして、その高い科学技術力はユーリイ・ガガーリンの有人宇宙飛行の成功によって米国を奈落の底へと突き落としました。(まあ、最終的には逆転されて、更にソ連は崩壊したんですが‥。)

そんな凄いはずのソ連なのですが、何故か世間ではローテクなイメージが有るみたいで、このソ連製のボタン電池を人に見せると「凄い!凄い!」と何かと勘違いしている人や「ソ連‥って何?」と、世界の違う人達が若干居られますが、多くの場合「へぇー、ソ連にもこんな電池あるんだ‥」と、結構進んでたんですね的な反応が帰ってきます。

 

 

ちょっと寄り道 爆発するソ連のテレビ

 「ソ連って何?」と思われた方に、お薦めの本があります。
「いまさらですがソ連邦」(著:速水螺旋人・ 津久田重吾 三才ブックス)。ソ連の歴史や政治、市民の生活、そして当時の面白情報を多彩なイラストと肩の凝らない文章で紹介されています。表紙の絵は可愛いですが、内容はかなり濃いです。

 

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読んでみると色々と知らない事ばかりでしたが、その中でもこの文章‥。


「ちなみにカラーテレビは評判の悪い家電製品の代表。「虹色の悪魔」と
呼ばれる家庭用のスーパーウェポンです。なにしろ、いきなり爆発して
半径 5メートルを火の海にするとうから、穏やかではありません。」

 

これを読んではたと気付きました。下は旧ソ連、ソビエト連邦中央テレビが放送開始と終了(深夜零時)時に流す映像です(途中の歌が凄く長い)。

youtu.be

 動画後半(3分44秒)、放送終了の画面で赤いテレビ塔から電波の輪っかが消えると、三行の文字が突然表れ、プッ、プッ、プッ、と耳障りな警報音と共に30秒近く続きます。また二行目の文字はずっと点滅しています。*7

 

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USSR TV End of Day Sign-off with Anthem (Translated into English + Subtitled) 

 

  НЕ ЗАБУДЬТЕ (忘れないで)
  ВЫКЛЮЧИТЬ (スイッチオフ)
  ТЕЛЕВИЗОР !  (テレビ!)

 

以前これを見た時は、節電の啓発くらいに思っていましたが、まさか就寝中のテレビ爆発の防止だったのか!*8もしそうなら個人的には最後にもう一行足して欲しかった。

 

  ВЗОРВАТЬСЯ  !(爆発する!)

 

(追記 2020-08-19)

 

どうして世間にそんなローテクなソ連のイメージが浸透したのか‥。
棚が空っぽのスーパーや食料品を求め行列をなすモスクワ市民のニュース映像*9 か、はたまた亡命した最新鋭の MiG-25 が真空管使ってた*10報道も効いたかも。

有名なこんなジョークも、そんなイメージから来ているのかもしれない。

米ソの宇宙開発競争の最中、宇宙でボールペンが使えない事に気付いた
NASAは、莫大な費用と時間をかけ無重力で使える
ボールペンを開発した。
一方、ソ連は鉛筆を使っていた。
*11

 

世界を二分し鉄のカーテンと怖じ恐れられても、人類初の人工衛星を打ち上げても、さらにガガーリンが宇宙に行っても、やっぱり鉛筆使ってる気がする不思議の超大国、ソビエト連邦の小さな電池のあれこれでした。

 

 

最後に寄り道 宇宙とソ連とボールペン

上のジョークを詳しく解説されている記事があります。凄く面白い!
ジョークの内容と異なり、普通のボールペンは宇宙で使えるし、ソ連は鉛筆を使っていたそうです。やっぱりか‥。

web.archive.org

ボールペンの話は、ISS(国際宇宙ステーション)にも滞在したスペインの宇宙飛行士ペドロ・デュケさんの「ボールペン、普通に使えます」と書かれ日記が元になっており、これも日本語で紹介されています。

 

下はそのオリジナルの、宙飛行士ペドロ・デュケさんの日記です。

www.esa.int

用意周到に高価な加圧式インクのスペースペンを持ち込んだら、ロシアの宇宙船ソユーズのマニュアルには、普通のボールペンが飛んで行かないように紐で繋がれており、それに驚くと「ロシア人はずっと宇宙じゃボールペン使ってるよ」と言われたそうです。

都市伝説と固定観念の怖さを学びました。

 

 

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。間違いの指摘や、感想などをコメント欄へ頂けたら幸です。

 

 

 

[更新日と内容]

2020-08-15 公開。
2020-08-16 ソ連の標準規格を「ちょっと寄り道 追記編」として追加。
2020-08-19 書籍の紹介を「ちょっとご紹介」として追加。
2020-08-25    目次とムーブメント(輪列)の写真と説明文を追加。
2020-08-26    USSR,SSSR の記述を加筆。ロシア語のスペルを修正。
2023-01-31 ボールペンジョークの日本語ページリンク切れを修正。

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*1:キリル文字なので「シーシーシーピー」ではなく「エス エス エス エル」と読みます。

*2:ソ連崩壊でСССРを外したのか、はたまた適当だったのか

*3:言われなくても分かる。

*4:ロシア単独では「GOST-R」とうロシア国家標準規格があり、またEACなる新しいのも有って、ややこしくて分かりません。

*5:独立国家共同体

*6:まあ、運が良いだけかもしれませんが‥。

*7:この表示は、1974年から1995年まで続いたそうです。ロシア語版 Wikipedia https://ru.m.wikipedia.org/wiki/Центральное_телевидение_СССР より

*8:1980年代の電気関連の火災の内、テレビが12%も占めていたそうです。ロシア語版 Wikipedia https://ru.wikipedia.org/wiki/Советские_телевизоры  より

*9:子供の頃、テレビで見た気がする。

*10:技術的な理由で使ってたらしいので、そうバカにされる事でも無いようです。しかし、時はトランジスタラジオ全盛期、私たち一般市民には真空管は古臭く見えてしまう。

*11:オリジナルは長いのでちょっと簡略化しました。